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東京地方裁判所 昭和45年(行ウ)23号 判決

原告 寺田喜太郎

被告 国 ほか一名

訴訟代理人 小川英長 高橋健吉 田端恒久 ほか三名

主文

原告の被告淀橋税務署長に対する訴えをいずれも却下する。

原告の被告国に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

理由

一  本件各処分の取消請求について

被告税務署長の本案前の主張について判断を加える。

被告税務署長所部の職員が昭和四四年四月一五日本件各謄本を原告宅において原告の事業専従者である原告の次男寺田実夫に交付したこと、原告が同年五月一六日東京国税局長に対し本件各審査請求をしたところ、同局長は、右各審査請求は、国税通則法第七九条に規定する期限経過後にされたものであるから不適法であるとしてこれを却下する旨の裁決をしたことは、当事者間に争いがない。

原告は、本件各謄本の送達当時自宅に不在であり、本件各謄本を実夫から受領したのは同年四月一六日であるから、同日本件各異議決定のあつたことを知つたというべきであり、したがつて、その翌日から起算して一か月以内にされた本件各審査請求は違法である旨主張する。

しかしながら、国税通則法第七九条第三項によれば、審査請求は、異議申立てについての決定の「通知を受けた日」の翌日から起算して一月以内にしなければならないものとされているところ、右争いのない事実によれば、本件各謄本は、同年四月一五日原告が住所に不在であつたため、その事業専従者である原告の次男寺田実夫に交付することにより原告に送達されたのであるから、原告は同日本件各異議決定の通知を受けたものというべきであり、その翌日から起算して一か月を経過した後にされた本件各審査請求は不適法である。したがつて、原告の右主張は理由がない。

また、原告は、東京国税局長が本件各審査請求を却下したのは、権利の濫用であつて違法である旨主張するけれども、原告主張の事実があるからといつて、同局長のした右却下処分が権利の濫用であるということはできないから、原告の右主張は採用できない。

そうすると、本件各処分の取消しを求める訴えは、適法な審査請求についての裁決を経ていないから、不適法であつて、却下を免れない。

二  損害賠償請求について

1  調査手続の違法性の有無

(一)  原告は、本件所得税調査は合理的必要性なく行われたもので違法であると主張する。

ところで、質問検査権は、適正公平な課税を実現するために認められた行政手続上の権限であるから、その行使のためには、犯則調査の場合のように犯則の具体的嫌疑のあることまでは必要でなく、確定申告の適否を審査する必要がある場合には、質問検査権を行使しうるというべきである。

本件についてこれをみると、〈証拠省略〉によれば、原告が提出した本件係争各年分の確定申告書及び修正申告書には、収入金額及び必要経費の記載があつたけれども、その明細は明らかでなく、収入金額に対する必要経費の割合が他の同業者に比し過大であつて、右申告の適否につき調査する必要があると認められたため、被告税務署長は原告を調査対象に選定し、調査を行つたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、本件質問検査権の行使は合理的必要に基づくものであつて、原告の右主張は理由がない。

(二)  原告は、本件質問検査権の行使は、その具体的必要性が事前に告知されていないから違法であると主張する。

しかしながら、税務職員が納税者に対し調査の具体的必要性を告知することは、税法上質問検査権行使の要件とされているものではないから、右告知がないことをもつて本件質問検査権の行使が違法であるということはできない。したがつて、原告の右主張は理由がない。

(三)  次に、原告は、被告税務署長のした本件反面調査は違法である旨主張するので、以下この点について検討する。

〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、被告税務署長所部の職員は、昭和四三年九月一七日、原告の本件係争各年分の事業所得について調査するため原告方へ臨店したが、当日は原告が不在であつたため、原告の次男寺田実夫の妻に従事員数、家族数等を聞いただけでその他の具体的調査はできなかつたこと、その翌日、寺田実夫から同職員に対し、従業員の負傷のため仕事が忙しいから同年一〇月半ばまで調査を延期してほしい旨連絡があり、その後同年一〇月一五日、寺田実夫は原告の売上請求書控等の資料を持つて被告税務署へ来署したこと、同職員は、最初に原告方へ臨店したその日から同年一〇月初旬にかけて、原告の得意先である田村建設及び伊藤工務店、仕入先である三和金属、取引銀行である富士銀行中井支店に臨場して、原告の本件係争各年分に係る取引あるいは預金に関する反面調査を行つた他、原告のその他の得意先や取引銀行に対し書面による照会を行つて同様の調査を行つたこと(同職員が原告の右各取引先及び取引銀行に対する反面調査を行つたことは、当事者間に争いがない。)、特に、富士銀行中井支店に対しては、同職員が三日間にわたつて臨場し、毎日約三時間ないし六時間原告の預金通帳及び出金、入金に係る伝票の調査にあたつたこと(調査時間の点を除き当事者間に争いがない。)が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、納税義務者の取引先等に対するいわゆる反面調査としての質問検査権の行使は、行使の態様及び納税義務者と取引先との間の力関係その他の事情のいかんによつては、納税義務者に対する取引先の信用を損うなど当該取引関係に影響を与えるおそれなしとしないから、その必要性の有無の判断及び質問検査の態様等につき、納税義務者本人に対する質問検査の場合に比し慎重な配慮を要するというべきであるが、しかし、質問検査権の行使の時期、範囲及び方法について、税法上これを定めた規定はなく、これらは、結局、調査の目的に照し、質問検査の必要性と右のごとき納税義務者及び取引先の有する私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているというべきである。

しかして、前認定の事実及び〈証拠省略〉によれば、本件反面調査を担当した職員は、原告は白色申告者であるから、完全な帳簿書類を備えつけていることは期待できず、したがつて、原告の本件係争各年分に係る申告の適否を検討するには、原告の取引先及び取引銀行に対する反面調査が必要であると判断したものであること、板金加工業者は建築現場等に出向いて作業をすることが多いため留守がちであり、現に右職員が原告方へ臨店した際にも原告及び事業専従者である寺田実夫は不在であり、かつ、実夫より、従業員の負傷のため仕事が忙しいから原告に対する直接の調査は約一か月延期してほしい旨の申入れがあつたことが認められ、右事実を考慮すれば、本件において同職員が、前認定のように原告に対し直接詳細な調査をする前に原告の取引先あるいは取引銀行に対する反面調査を行つたことも理由がないわけではなく、前記のごとき反面調査の特殊性を考慮にいれても、いまだ、税務職員の合理的な選択をこえたものということはできない。また、同職員が原告に対し、昭和四三年一〇月半ばまでは反面調査を行わない旨約束したとの事実は、これを認めるに足る証拠はない。

また、〈証拠省略〉によれば、取引銀行に対する反面調査の場合、通常、預金通帳だけでなくその入出金に係る伝票もみて架空名義の預金が存在しないか否かを調査するため、かなりの時間を要するものであること、現に、富士銀行中井支店には原告の架空名義の預金口座が存在したこと、またその調査は銀行の係員に関係資料を出してもらい、必要に応じて同係員に質問するという態様のものであつて、係員を調査中常時立ち合わせておくこと等はしなかつたことが認められ、〈証拠省略〉のうち、右認定に反する部分はにわかに採用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実を考慮すれば、富士銀行に対する前認定のごとき調査も、いまだその範囲・方法において税務職員の合理的な選択を逸脱したものということはできないし、〈証拠省略〉中、被告税務署長所部の職員が、原告の前記各取引先に対し、原告の本件係争年分と関係のない昭和四〇年分の所得についても反面調査を行つた旨の供述部分は、前掲各証拠に照らして採用できず、他に同被告のした反面調査が、その範囲・方法において税務職員の合理的な選択を逸脱して行われたことを認めるに足る証拠はない。

したがつて、原告の前記主張も理由がない。

四 以上によれば、本件質問検査権の行使には何等違法な点は認められないから、その行使が違法であることを前提とする原告の請求は理由がないといわなければならない。

2  更正の違法性の有無

原告は、本件各更正は、新宿民主商工会弾圧の目的でされ、かつ、所得の認定を誤つた点で違法であると主張するので、以下この点について検討する。

(一)  〈証拠省略〉には、昭和三八年頃、当時の国税庁長官が民主商工会は三年でつぶすという意味の発言をし、その後、税務職員が民主商工会の会員に対し、一斉調査を行つたり、会員であると不利益を受ける等と告げて同会から脱退するように圧力をかけた旨の供述部分があるが、右供述部分はにわかに採用することができず、その他本件全証拠を検討してみても、被告税務署長及び所部の職員において、原告の次男が新宿民主商工会の会員であることを理由に、同会を弾圧するため本件更正をしたとの事実は、これを認めることができない。

(二)  〈証拠省略〉によれば、次の事実を認めることができる。

被告税務署長所部の職員が原告に対し本件係争各年分の所得金額の算定に必要な帳簿書類等の提出を求めたところ、原告からは売上帳等の帳簿の呈示はなく、昭和四一年分については売上請求書控の一部が呈示されたにすぎないこと、昭和四二年分については売上請求書控、仕入納品書及び領収書等が呈示されたが(以上の事実のうち、同職員が昭和四一年分の帳簿書類の提出を求めたとの事実を除き、その余の事実は、当事者間に争いがない。)、売上請求書控の合計額は、前記反面調査によつて把握した取引銀行の普通預金入金額と回わし小切手金額の合計額と比較すると一五〇万円以上少なく、また、同じく前記反面調査の結果判明した主要得意先である田村建設、伊藤工務店、竹内建設に対する各売上金額の合計額と比較すると、右各得意先に係る売上請求書控の合計額が少なかつたことから、売上請求書控は原告の取引全部につき完全に保存されてはいないと認められたこと、そこで、同被告は原告の本件係争各年分の所得金額を実額によつて算定することはできないと判断し、次のとおり売上金額を推計する等の方法により原告の右各年分の所得金額を算定したこと、すなわち、昭和四一年分については、仕入金額を原告の主要な仕入先である三和金属に対する反面調査により把握し、これに東京国税局管内の板金加工業者の平均差益率約五五パーセントを適用して売上金額を算出し、右売上金額から右仕入金額及び昭和四二年分の原告の経費率によつて算出した経費等を控除して算出し、また、昭和四二年分については、仕入金額を原告が呈示した三和金属の仕入納品書、同社に対する前記反面調査及び寺田実夫の申立てに基づいて把握し、これに前記平均差益率を適用して売上金額を算出し、右売上金額から右仕入金額及び原告が呈示した経費関係の書類、寺田実夫の申立て及び同被告の調査によつて把握した経費等を控除して算出したこと。

以上の事実が認められ、〈証拠省略〉のうち右認定に反する部分はにわかに採用することができず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実によれば、本件係争各年分について、収支実額計算に必要な帳簿の備付けはなく、昭和四一年分については売上請求書控の一部が呈示されたにすぎず、昭和四二年分についても呈示された売上請求書控は、原告の取引全部について完全に保存されているとは認め難いから、右各年分について所得金額を実額により算定することは不可能であり、したがつて、右各年分とも同業者の平均差益率等による推計課税によらざるを得なかつたといわなければならない。また、推計方式が合理的かどうかあるいは推計の基礎資料の選択が合理的かどうかについて、右認定の事実関係のもとにおいては、同被告の採用した推計方法は一応の合理性を肯認することができ、同被告が通常尽すべき調査義務を尽さなかつたとか、職務上要求される通常の知識経験を欠いたために推計方法において一見明瞭な誤りをおかしたという事実を認めるに足る証拠は何もなく、したがつて、同被告のした推計方法が、仮に、細部において原告の所得の実額に接近し得ない点があるとしても、同被告に、原告の所得金額の誤認につき故意又は過失があつたということはできない。

(三)  以上によれば、本件各更正が被告税務署長又は所部の職員の故意又は過失により違法に行われたことを前提とする原告の請求は理由がない。

三  そうすると、原告の被告税務署長に対する訴えは、いずれも不適法であるからこれを却下し、被告国に対する請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山克彦 石川善則 青柳馨)

別紙〈省略〉

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